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0.プロローグ クチナシの人

last update Date de publication: 2025-07-04 18:00:04

 気づくと夏祭りの境内にいた。夜空に真ん丸の月が出てたから潮時(しおどき)の閾(しきい)の時間帯で意識はまだボクと「あたし」との端境(はざかい)を彷徨っていたんだと思う。そうでなければあんな危険な存在に魅了されたりしなかったはずだから。

 志野婦(シノブ)神社の参道は夜店が並んで提灯の明かりに頬を染めた人たちが行き来していた。ボクはママのおさがりの浴衣を着て、金魚すくい屋の青いドブ漬けの前にしゃがみ、子供たちが和金や琉金、出目金をポイで器用に掬う様子を、露天商のおじさんが「ねえさんもどうだい」というのを断って眺めていた。

 そこへ夜風に乗って甘い香りが漂ってきた。それは季節がら嗅ぎなれたものとは別して甘い甘いクチナシの香りだった。ボクは立ち上がり、妖艶な刺激に誘われるまま参道裏の杜の奥へと分け入った。杜の中は月の光も射し込まずほの暗かったが道はぼんやりと浮き上がって見えていた。それはクチナシの白い花びらが地面に敷き詰められていたからで、ボクはその花びらを踏んでさらに杜の奥へと進んで行った。

 甘い香りが立ち込める純白の道をしばらく行くと、小高い舞台のような場所があって月光が天から真っ直ぐ差していた。それはまるで月まで届く巨大樹が生えているよう。その光の中には白馬に乗った白装束の人がさやけき姿で照らされていて、まるで咎人のように輪になった荒縄を首にかけ後ろ手に縛られていたのだった。

 何故だかボクはその人のことを大昔から知っている気がしてきて、そうしてずっと待っていてくれたのだと胸を詰まらせ近づいて行った。月影目映い舞台に上がり側まで歩み寄ると、その人は手が不自由なはずなのにボクを馬の背に引き上げてくれ横抱きにし、ボクの顎に氷のような指先を添え微笑んだ。その顔は月の光で乳白色に輝き、なにより美しかった。まさにクチナシの精のような人だった。

 その時ボクは、その腕に抱かれたまま愉楽の園に連れて行かれたい、

その煌めく銀色の牙でボクの穢れた喉笛を食い破り、

迸る真紅の玉の緒を吸いつくしてほしい、

そう心の底から願った。

 突然、体に鋼鉄の大玉がぶつかったような衝撃が走った。勢いでボクは月光咎人の手から月光の舞台に転げ落ちた。

「逃げるよ!」

 鋼鉄の大玉かと思ったものは人で、転がるボクの手を取って走り出した。引っ張られてボクも走り出す。その速さは浴衣の裾をからげてもついていくのはやっとで、どんどん杜の木々を視界の外に置いてきぼりにしていった。

そしてようやく足を止めた時、二人は志野婦神社から遠く離れた小川の縁に立っていた。

「危ないところだった」

 手を引いてそこまで逃がしてくれたのはあの子だった。潮時に女子高生の「あたし」が鬼子のボクになると必ず現れ夜通し後を付いてきて、朝になって潮時が明け意識が薄らいでゆくボクを「あたし」が生活する元の場所に返してくれる、鬼子使いのあの子だ。

「あれは誰?」

「バカだね、志野婦だよ。辻沢ヴァンパイアの始祖にして最凶の」

「そんなに強いの?」

「鬼子のあなたよりね」

 あの子はそう言うとボクを置いてどこかに行ってしまったのだった。

夜野たけりゅぬ

明日(7/5)の更新は 12時と19時の2回です

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  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   3-84.佐倉鈴風(3/3)

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  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   3-84.佐倉鈴風(2/3)

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